2014年12月20日

使えない凸と凹

ここ最近のゲームで気になる事としてしばしば取り上げている、「ヒットコールしない奴」が目立つ件について、実は先々日のゲームでも一部に「全くヒットコールしない奴」がいた。

まあベテランさん主催とは言ったが、呼んだ中には練度の低いのもいた様で(最近評判の悪い某SNSの一団)、そこだと思う。
というのはこの某SNSの一団、同一人物達かどうかは知らないが、他のゲームでも見かけたことがあるからだ。
そっちでもやっぱりヒットコールしてなかった。
フルオートで1連射かましてシトメたら、「アヒャヒャヒャヒャ・・・」と笑いながら帰っていったりで、ヒット取れたのかどうなのか(再三言っているが、こちらで確認していても相手が認識したかはまた別)、はっきりしないのは大変迷惑している。

先日のゲームでも、遮蔽物裏にいるのを斜め前方から撃ったら引っ込むんだけどまた出てきて、というもぐら叩きを何度か繰り返して、いつの間にかヒット認定された様で気が付いたら出てこなくなってた、というのがあった。
これも、我が輩はそいつが消えたら即前進するつもりで排除を狙ってるんだから、ヒットコール無しに離脱するってある意味ゲーム妨害行為だよね。

我が輩のケースだけかと思ったら、帰りの車中で同志金子も「ヒットコール全くしない数名がいた」と言ってたので、ほぼ確信犯だった様だ。

このマナー違反野郎に輪をかけてゲームを妨げてるのが「次世代電動+騒音ハイダー」野郎だ。

無意味に大きい音って、撃ってる本人は楽しい様だがゲームには百害あって一理無し。
どんなに巧妙に隠れても1連射で自分の位置はバレバレになるし、トリガーから指がなかなか離せないアヒャリ野郎の成為で敵のヒットコールもよく聞こえなくなるし・・・ましてそこに加えてヒットコールしない奴が撃たれてたりすると、もう何がなんだかって感じだ。

このクソウルサい銃声を囮に、敵を引きつけて防衛戦で活躍したのは前々々回のゲームの話だが、こんな初歩的な作戦が見事に成功してしまう位、次世代電動ってウルサいということを使用ゲーマーは肝に銘じるべきだろう。
それと同時に、自分の銃の発射音でヒットコールが聞こえなくてオーバーキルする危険性についても認識する事!
(最近、時々みかけてるので)

撃たれた側もバカウルサい銃だったら普段以上に大きい声でヒットコールする事!

双方の配慮が足りないと、サバゲ成り立たなくなっちゃうぞ。

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2013年08月09日

シリーズ・サバゲのお作法考察 −オーバーキルか、アピール不足か−

のっけからクライマックス入っちゃうけど、すぐヒットコールや手を挙げる事が出来ない奴って、間違いなくゲーム下手だよね。

・ケース1:某インドアフィールドのケース
 前にも書いたが、1発目でコールも手を挙げるといった動作もせず、仕方がないのでコールが上がるまで撃ち込んだら「お前の銃痛い」だの「オーバーキル」だの(たった4発で)言われた。

・ケース2:某河川敷でのケース
この時は珍しくフルオート電動使ってたんだけど、高低差を利用して進んでいたらバカみたいに撃ちまくっている奴が正面にいて、射撃音の成為で場所ははっきりわかったので確実に倒せるところまで近づいて(20m位)、射撃が止んだタイミングですぐに起き上がって撃ち込んだら、当たっている(当たり続けている)のにそのまま後退していく。
当然ゾンビと思ったからそのまま撃ち続けたら、恨めしそうな顔をして振り返り、しぶしぶといった感じで片手を上げたので射撃停止した。
この間、結局ヒットコールは一切無し。
本人はヒットされたから帰ったつもりが撃ち続けられて、気分悪かったっぽい。
勿論、当たってるのは見えてるけどヒットコールも手を挙げる動作もしなかったのでねえ・・・

当然関係ないとは思うが、上記2例どちらもPMC装備だった。

なぜヒットコール出来ないのだろう。
大声出しなれてないから?それは言い訳にならないよ。出来ないならゲーム参加資格無しだもの。

やられたのが恥ずかしい・或いは悔しいからきちんとヒットアピール出来ないの?
それもサモシい了見だね。
我が輩は、ヒットコールは自分を討ち取った相手に対する「お見事!」と言った賞賛の意味を込め、出来るだけ大声で行っている。

だいたい、上手い人はコールも早いしはっきりと出す。
近々某雑誌に掲載予定の千葉県某所で行われたゲームに参加した際、この日の主役のお姉様方以外はサバゲ歴10年以上とか、元陸自の方々等壮々たる面々。
で、始めのうちは我々人参軍はコテンパンだったのが後半やっと反撃が出来る様になってきたのだが、1発2発ですっと手を挙げてヒットコールしてくれるからこちらも弾を使わない々々。3人ゲットしてまだマガジン半分以上残ってたし(ちなみに、1マガジン27発だヨ)。

いつも思うことなのだが、上手い相手とやるとホント、弾を使わない。
撃つ前にやられてるんだろう、と思うかも知れないが、我が輩の場合は逆にゲット数が多かったりする。
(相手からも「あのモーゼル怖えーよ」と言われてるのであながち自負だけではないと思う)
すぐに反応してくれる、わかるようにヒットアピールしてくれるから無駄撃ちがないんだよね。
当然、そんな相手(複数チームいます)とやってる時はゾンビ疑惑だのオーバーキル問題だの何て上がった事が無い。
だから、「ゾンビ問題はサバゲの永遠のテーマ」なんて聞くと、低次元なゲームをしてるんだなあーと思ってしまう。

無いところには、無い。

サバゲに不可避な問題ではなく、単にゲーマーの質に起因するのだと断言したい(撃つ側と、撃たれる側双方の)。

勿論全てがそうだなんて言うつもりはないが、当たったかどうかわからないような遠距離で撃ったり(甚だしい奴は障害物から銃だけ出して盲撃ちしたり)、相手に聞こえないような小声でコールしたり或いは手も挙げてなかったり、そういうぬるいプレーをお互いにしていてゾンビだオーバーキルされただの言ってないか?

ゾンビ野郎だと思ったら5mまで近づいて撃ち込んでご覧。

オーバーキルって言う前に、自分はちゃんとヒットアピールしてるかい?

己に厳しく、相手に寛容。
どちらかでも欠く様では楽しいゲームは出来ない。

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2013年06月17日

シリーズ「サバゲ道」考 その2:旗は誰のものか

思いついたらサバゲにおける心得・お作法的な考えを述べていくこのシリーズ、今回は、ゲームにおけるフラッグの扱いについて考えてみたい。

我が人参軍では、フラッグが取れる機会があっても、必ずしも取るとは限らない。
人によってはこれも、「取るのが勝利条件だから取らなきゃダメだ」とか「サバゲってのは旗を取り合う遊びだ」という固定概念を持っている奴がいる様だが、我々的にはこれも、空気を読んでやるべき事との考えがある。
皆が楽しく銃撃戦を展開しているところを、旗を取ることによって終了させてしまうのが良いか、どうか。
良い感じで撃ち合いができて、全滅するかさせるかしのぎを削るバトルが楽しめているなら、我々的な勝利条件は敵交戦兵力の全滅だったり、戦略重要拠点の確保・維持と考えそれを達成出来たかどうかを(勝手ながら)勝敗の判断基準とする事もある。

逆に、とっとと旗を取りたい場合。例えばごく少数のゲーマーが散在して接敵もせず、無駄に時間だけが過ぎていく時、あるいはどうしようもなく歯が立たない強敵を相手にして、いいようにいたぶられてしまっている時、そんな時はさっさと旗をとってしまう。
フラッグゲットを、合法的にそのゲームを終わらせる術として、或いはハンデの1つとして利用する。

ルールに縛られるのではなく、ルールの中で自分達が満足出来る戦いを楽しむ。
そしてそれが敵側でも面白かったと認識してもらえる事。
それが人参軍的「サバゲのルール」なのだ。


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2013年01月06日

シリーズ「サバゲ道」考 その1

以前に某フィールドでのゲームの際の事だ。
ここで触れるのは3つ巴戦、赤・黄・青3チームに分かれ、各チーム自フラッグが陥落すると生存しているチーム員も死亡となるというルールでやっていた時の事。
我々は赤となり、まず黄色チームを後方より奇襲しそのフラッグをゲット。その時我々の一部部隊は既に青チームと交戦中だった。
黄色フラッグが落ちたのでフィールドマスターは「黄色はゲーム終了」を告げる。
これがきちんと伝わらず、一番遠いところにいた青チームは「ゲームが終了」と聞き違え、拠っていたバリケード等の防御拠点から出てしまった。

ちょうど青チームとフィールドマスターの間に位置し、攻撃隊の指揮を執っていた同志金子は当初何が起きているのか正確にはわからなかったが、まず、友軍に射撃停止を指示し様子を伺う。やがて勘違いだろうとの事情を把握し、青チームに「戦闘続行、戻る様に」と大声で告げた。

そして、青チーム員が全員元いたバリケードや遮蔽物に戻った事を確認、攻撃再開を下知し、戦闘を継続した。
結果的に時間切れで青フラッグは落とせなかった。寧ろ人参軍は果敢に攻めた事でその被害は大きかった。

だが、私は同志金子のこの措置を高く評価したい。
勘違いは向こうで勝手にやったことだし、すぐにそれがわかった訳でもない。「勝手に出てきたのが悪い」として出て来た者を片っ端からヒットさせる事も出来なかったわけではない。
しかし、そこでまず射撃停止を命じ自軍の勝利よりも「ゲームが成立するかどうか」を考えて行動した彼の判断は、「彼我共にゲームを楽しむ」という行為として結果的に正しかったからだ。
(ちなみにこの時、私は黄色フラッグ攻略隊を指揮しており、フラッグ陥落の直前に戦死していたので別に遊んでいた訳ではないよ)

これが人参軍的サバゲ道ではないかと私は思う。
ここでいう「・・・道」とは騎士道とか武士道とかに通じる意味を指す。

この1件、いつでもどこでもただガツガツと撃ち込んで倒した倒したと悦に入るだけしか能がない者には理解出来ないだろう。
何故なら、倒す相手に対する敬意も尊重もないからだ。
自分の実力で敵の虚を突くとか遠距離狙撃を成功させるとかではなく、ルールの穴や勘違い・思い違いを得たりとばかりに乗っかって、数だけ上げて何が嬉しいんだろうと思う。
きっとそんな奴は、自分に対する自信もないんだろうな。
度量の小さい人間だからそんな事を恥ずかしいと思うことすら知らず、自慢できるんだろう。

強い相手と、フェアに死力を尽くして戦い、結果を出していく。いや、出せない事の方が勿論多い。
大抵はこっぴどく叩かれて敗れるのだが、でもそういう研鑽を積んでいく事でゲームも上手くなるし相手に対する配慮というモノも生まれてくる。
だからこそ、人参軍は(実力も省みず)強敵歓迎なのだ。

こんなへタレチームでもお相手頂けるなら喜んで参戦し、打たれて打たれて打たれて、ごくたまにゲリラ戦術で打ち返して一矢報いて差し上げたい。

という訳で、我が人参解放軍は対戦チーム募集してます。
数の不均衡・火力の不均衡全然OK、時々旗を掲げて全軍突撃をかけたりしちゃうけど笑って許してくれる寛大なチームさん、一緒に遊びましょう。

そして、我々と共に道を極めんとする同志も熱烈歓迎します。
共に勝利と栄光の道をひた走りましょう!

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posted by 紅中兵 at 11:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サバゲ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月29日

誰が為に誤射は成る?

先日のゲームで、味方に3人やられた。同時にだ。
この時、我々は高台上に敵多数を発見、端から少しずつ戦力を削ってやろうと敵の銃撃下を苦戦しつつ匍匐で斜面を登り、ようやく上にたどり着き撃ち合いが始まったばかり、という時の出来事であった。
撃って来た友軍は随分と遅れて戦線に到着、しかも我々のはるか後方に出現し、人影を見るなり片っ端から発砲を始めて味方3人次々とKILLしたという訳だ。

状況的に、我々は完全に後ろ向きだしそれも後ろからだと遠方からでも見える状態(だから遠方から撃たれた)。
我々が山に取り付き登るまでの相当な時間的にもこの彼が最前線(前方に敵しかない状況)とは到底考えられない。
そもそも、上記の様に彼が急ぎ発砲しなければならない必要性は全くなかった。

「皆、マーカーがよく見える様に手を揚げて帰ろう」と促し、彼の方にマーカーをアピールしてセーフティに戻る。

ゲーム後、その彼が詫びに来たので、何故撃って来たのかと聞くと、「銃声がして人が見えたから」との事。
どうやら彼には、友軍が敵と交戦しているから銃声がする、という構造が理解できないらしい。
或いは、敵とは我々がいようがいまいが関係なしに、のべつまくなしそこらじゅうを撃ちまくっている存在とでも思っているのか。

我々がやってるのはしがない遊びだし、手にしているのは所詮オモチャかも知れないが、それでも「銃」を扱っているという自覚がないと、1Jに届かんとするパワーを有するだけにそのうち必ず事故・怪我が起きるという強い懸念があったので、適当にお茶を濁すとまた同じことをしそうだと思い彼にこの一件を印象付ける為にわざとキツい物言いをしていたら、脇で聞いてた奴(敵軍に所属)が事情も知らないのに「良くある事ですよ」などと声をかけてたが、ヲイヲイこんな下品な誤射をする奴はそうそういないし、2度とあったらいけない事だろうが!

不意の遭遇とかによる誤射・味方撃ちはわかる。確かにそれは良くある事だし私も笑って許す。
けど、これはそうじゃないだろ。少なくとも誤射された我々3人には味方撃ちをされる事に繋がるなんらの落ち度もない。

同じフィールドでほんの数ヶ月前にあった事なのだが、ヒットされた後で「遮蔽物のない開けたところを、両手で銃を頭上に掲げゆっくりと歩いてセーフティに戻っている時、いきなり真正面に飛び出して来た奴から腹を撃たれた」という、これもまた自分の側に誤射される理由が全くなくて痛い思いをさせられた事があったが、もしかしてこれをやらかしたのも同じ奴か?

原典は中国の坊さんらしいが、我輩は韓国の花朗(新羅の青年将校団みたいなもの)の心得5カ条として読んだ、以下の件が思い起こされる。
(原文韓国語だったので訳は我輩流)

1 親に孝
2 君に忠
3 友に信
4 戦いに臨んで怯まず
5 殺生を行う時は意識せよ(この件だけ、その後何かで「殺生には択びあるべし」という訳を読んだ覚えアリ)

・・・というのがあるが、この5条目、「殺生を行う際はして良い相手かどうか、すべきものかどうか、意識して行え」(以上、紅中兵的現代語訳)という点、今回の件と照らし合わせ皆も考えて欲しい。

殺生に哲学がある時、それは「武士道」「騎士道」として昇華されるが、考えなき殺生を行う者は単なる野卑盗賊の輩だ。
そんな連中が「いて当たり前」という認識をもっているうちは、サバゲが世間に認められる日は永遠に訪れないであろう。

ホントにもう、こんな「気違いに刃物」は止めて欲しい。
posted by 紅中兵 at 02:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サバゲ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

人参軍が参戦するサバゲとは

サバゲは総合趣味である。よくスポーツに喩える人がいるが、それを含み、更にそれ以上の広がりを持つものだと思う。
体を使う事に加えてメカの知識も、という話は私もあちこちで触れているので詳細はそちらを参照してもらうとして、それ以外で今回スポーツと同等いやそれ以上かも、と挙げたい事が2点ある。
それは、
・マナーの良いゲーマーが多く、本当に気持ちが良い
・いわゆる「体育会系」のノリが無い

という事である。

まあ、もしかしたら我々が出没しているチームさんがそうなだけで(といってもたくさんいるけど)「なっちょらん」なゲーマーだらけのフィールドもあるかも知れないので、敢えて題名では「我が軍が参加するー」と断りを入れた次第である。
しょっちゅう行ってるところ、というだけでなく遠方だったり足が無い(常連メンバーで車所持者が1人しかいない)という理由から、たまにしか参加してないけどここで触れる様にマナーの良いチームも多数あるのでその点は誤解なき様に。

例えば、あいさつである。別に誰に強制される訳でもないしそういう決まりがある訳でもないけど、フィールド着・フィールド離脱の際は「こんちは」「宜しくお願いします」「お先に失礼します」「お疲れ様」と必ず声かけあっている。
私は以前仕事でスポーツ写真を撮っていた事があり、少年野球とかサッカーとかの大会なんかは散々見てきたがどうも彼らの場合は「監督に言えといわれてるから」「そうする事がプレーに含まれてるから」という感じ、つまり形式的かつ強制されています、感がありありで、心にもない事を形だけやってても虚しいな、と常々思っていた。

サバゲの場合は、敵味方に分かれて撃ちあっていてもセーフティでは一緒になって「いやあ良い銃ですね」「さっきのプレーすごかったね」等と語り合ったりする機会がある所為か、挨拶も「また手合わせしましょうね」「次も来ますからヨロシク」という気持ちを相手から感じる。いうなれば「暖か味」があるのだ。

それが口先だけではない事は、例えばフィールドで何か無くしてゲームの後で探していたとする。すると必ず「何か落としたんですか?」と声をかけてくれる人が(ゲーム主催チームであるかどうかに関わらず、だ)いて、気が付くと大人数がフィールド内を絨毯爆撃よろしく大探索大会してくれていたりする。実は何度も実体験してるのだ(ご迷惑かけましてスミマセン)。

こういうのも誰かがそうしろと言ったからではない。他人事と思えない人たちがいつの間にか自発的に動いてくれた結果としてそうなっているのだ。

また、我が軍入隊のきまりにもある様に原則は「当ると痛いのは承知の上」な訳で、まして我々が昔より提唱している1J未満(昨年の規制により、全国どこでもこれになったが)ならよっぽど近くでそれも1Jにかなり近いパワーでない限りまずそんなに痛い思いはしないのだが、それでも「今の射撃近かったかな?」という時は必ずセーフティで「さっきの痛かったですよね。すいません。大丈夫ですか?」と撃った側のゲーマーから声がかかる。
(特に私はパワーがなかったりフルオートがなかったりの銃を使っているので、一撃必殺を狙う為にギリギリまで接近する機会が多く尚の事こういうシチュエーションが多いのかも?)

ターゲットが相手のシューターと異なりゲーマーは弾の痛さを自らの体を以って知っているからこそ、相手を気遣う事が出来るのだろう。
最近の子供は2次元ゲームでのバトルに長けても生身で喧嘩をしないから加減がわからず、一度手を出すと死ぬまでやってしまう、というのを聞いた事があるが、正にゲーマーこそは「体が知っている」からこその相手への配慮といえるだろう。

なお、こういった気配りが出来るのはかなり上手い方が多く、撃ち込んでも気付いたらすぐ止めるのでしこたま撃ち込まれた、という経験はほとんど無い。逆に有料フィールドとかに良くいる錬度の低いバラ撒き系の人(相手から何度もヒットコールがあがってるのに撃ち込み続けてるとか、ヒットされて両手を挙げて戻ってくる人に発砲するとか)で詫びに行っている姿はあまり見た事がないが、その辺も関係があるのか?

更には、根性などの精神主義論で非常識な肉体的苦痛を与え続けるなどという体育会系にはありがち(というかデフォルト?)な非人道的鍛錬はこの遊びにはない。
もしかしたら一部チームでそういう事をやってるのがいるかも知れない(それが軍隊と思ってる大バカ勘違い野郎とか、ミリオタにはありそうな話である)が、少なくとも我々が一緒に遊んでいるチーム内では皆無である。

体育会系というともう一つ、先輩後輩の天地ほどの扱いの差。
たかが数年の年の差でなんだいそりゃ、と私なんぞは傍から見ているだけでも不愉快である。監督・コーチと選手の間もそんなのがあるけどこっちもどうかねーと思う事しきり。
余談ながら、そういうのがあるからスポーツ系の団体に関わる気は(手伝いとかそういうのも含め)さらさら御免なのだ。

そういうところは締め付けているくせに、移動途中は必ず道幅いっぱいに広がってだらだら歩いていたり電車のドア付近に円陣になってくっ喋っていたりして一般人に対しものすごく迷惑になっていても自分達の間からは誰も注意しない・出来ないのはどういう事か。
上でも言った様に、自分の頭で考える事をせずただ「やらされる事をする」という体制に慣らされてしまったから自分達しか見えない・出来ないのだろう。

一般的にゲーマーは(普段から周囲を警戒するのが習慣付いているのか)通行の妨げにならない様に注意したり、大荷物が邪魔にならない様に配慮したりと気をつけている。無意識に邪魔になっているゲーマーに気付いた別のゲーマーが「道を開けてあげて」とか「荷物移動させて」と声をかけているシーンを私自身も何度も見ている。

年齢的な事も殊更にそれを取り立ててどうするという事はまずない。50過ぎだって初心者ゲーマーなら20代の主催者の指示には絶対従わなければならないし、私も我がモーゼルより若いゲーマーと一緒になってワイワイやっている。

強制がないからこそ、自発的な行動が求められる所為なのだろうか。
銃を持って撃ち合うという、ストレートな遊びだからその反動で皆、優しくなるのだろうか。
サバイバルゲームに行って来た後、体はまったりと疲労が溜まっていても、「今日も気持ちの良い人達と遊べたな」という清々しい気持ちになる事が多くある。

それ故、野良サバゲ・自己流サバゲではなくきちんと運営されているゲームに参加して本当の楽しさを知って欲しいと強く願う次第である。
posted by 紅中兵 at 18:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サバゲ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする