2014年01月04日

2013大忘年会挙行!

年末の多忙に紛れているうちに年が変わってしまったが、例年恒例の人参解放軍中華街大忘年会、今年も挙行したのでそのレポート。
といっても酒が進むに連れ、記憶はかなりあやふやなのでたぶん途中からアヤシいかも知れないが、それは参加した皆さんが脳内補完するという事で・・・

今回は真面目に写真を撮ろう、と言っていたのにも関わらず気がつけばカメラほったらかしで飲んでいたというテートラクじゃなくて体たらく(ま、いつもの事だが)。
なので、残された貴重なショットを元に振り返ってみよう。

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集結地点の朱雀門。
数年前から、中華街の一角なのに比較的人が少な目のこの場所に替えたのだが、今年はそれでもここを集結地点にしているらしい集団もぼちぼち散見され、目の付けどころが良いというかそれだけ人で溢れ返っているというか・・・
ちなみにここのすぐ近くの食材屋がまたアヤシイ物が安く売っているので、時間前に到着したメンバーが何かしら買っているという曰く付きである。

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恒例の関帝廟参拝。
商売の神様というより武人として、人参解放軍の武運長久とサバゲ参加同志諸子の怪我なく楽しい1年を祈願するのが恒例である。
その甲斐あってか人参軍サバゲ活動では何年もの間、目立ったトラブル等皆無にて活動が出来ている。

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今回の大忘年会会場となった○●楼。
店前の茂る竹が余人の入店を拒むが如しで威圧観満点、なのだが今回はクリスマス的飾り付けでマイルドな雰囲気に。
笹竹すら某鼠の国のディスプレイみたいに感じられないでもない。
ちなみに、数年前中華街大忘年会を再会した頃からいつかはここでと思っていた店の1つであった。
今回、いろんな筋から手を回す事により我々でも手が届く条件での開催が可能に。

人参軍大忘年会初参加者が大いにビビるという恒例イベントも滞りなく発生。
「まさか生きてこの●○楼に入る事が出来るとは・・・」とのセリフも飛び出し、今年もサプライズ大成功である。

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同志主席の開会の辞を受けて乾杯、宴会開始。
「カタヤン、(写真)とってよ」
「えっ、私が(乾杯の音頭を)とるんですか。それでは、若輩ながらご指名により・・・」
「コラ、何を始めておる!」
という一幕が記録に残されている。

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あっ、だれも料理撮ってない!
と言う訳で、当日のメニューは軍機とさせて頂くが、どれも絶品揃いだった事はいうまでもない。
ちなみに、ビールをワイングラスで飲んでいるのも間違いではない。店側から指定があったのである。
さすがは○●楼(何が?)。

宴会開始から約一時間後、これも人参解放軍大忘年会恒例となりつつある一発籤によるプレゼントが参加者全員に配布された。
人参解放軍・内務部調査兵団が1年かけて各地で集めたミリタリーグッズ或いは人参軍的アイテムの数々が惜しげもなく提供され、しかも毎年偶然を装って仕組まれているのではないかという位にこの人にコレ!というのが当たるという恒例行事、今回も某地ゲーム主催のS原さんには高級セットが、この1年ゲーム参戦がなかった厨房次長には辛口唐辛子型USBハブ、やたらと入手する銃を壊す厨房部長には「腕、見せてもらおうか」のセリフ付きスコップ型スプーン等々、超自然な何かのメッセージが伺える采配となった事はいうまでもない。
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そうそう、超自然といえば前回のゲームで人参軍メンバーに悪態をついたら翌日子供が謎の高熱を出して寝込んだとかで、「人参軍に悪いことをすると科学では解明出来ない何かの力が作用して子々孫々まで祟られる」事が判明した」とか。

だから忘年会もひと味違うのか、と感心されることしきり。
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この後一行は中華街周回軌道に乗り、2時間程かけておみやげやら風水グッズやらサバゲ洋品やらといったショッピングに勤しみ、二次会で「東北人家」にて東三省料理を堪能、その後更に義勇軍を編成し吉祥寺EAにて副店長さよならイブに突入したとの事だが、詳細つまびらかにされていない。
なお、EAでの席上、
「のみかいはたたかいだ」
「では、今回脱落した同志金子は戦いに敗れた敗北主義者ですな」
という会話があったとかなかったとか。

かくして、人参解放軍の1年で一番長い日は幕を閉じたのであった。
ラベル:中華街 忘年会
posted by 紅中兵 at 15:32| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

マッコリ賛歌

今、マッコリを飲みながらこれを書いている。マッコリとは簡単に言うと韓国のどぶろくで、見た目は日本酒の濁り酒っぽい感じだがもっと酸味が強くてアルコール度数が低いので、すいすいといけてしまう。かつて韓国で飲んだ時には何で日本にないんだろうと思ったものだが、最近は流通に乗ってきて何社かの韓国産マッコリが近くのスーパーとかで買える様になった。
全く良い時代になったものである。でも現地じゃ当事70円位だったのが今の日本じゃ結構するんだけどね。

普通の酒はつまみが欲しくなるんだが、こいつはそのままでも十分いける。しかもキムチでもあればアテは充分、もうとめどなく飲めてしまうところなんか、やはり酒は文化だと実感させられる一品である。特に夏場は日本だとビールだけど、私はビールとマッコリどっちにするかって言われたらマッコリ取るね。
ビールは水代わりなんだけど、マッコリはプラスアルファの奥深さがあるんだよ。
かつて農作業の合間に腹減った時に飲んだ、と全羅道出身の学生から聞いた事があるが、さもありなん。
ま、私がかつて語学を学んだ延世大学の大学酒(ってのが韓国にはある)はビール、ライバルの高麗大学の学生酒がマッコリなのでちょっと裏切り者呼ばわりされかねないんだが・・・でも好きなもんは好きなんだからしょうがない。(ちなみにソウル大学は焼酎)
パクチョンヒ(朴正煕)も愛飲家で、「マッコリ賛歌(マッコリを褒むる詩、だったか?)」を物したと現地で聞いた事があるが、今ちょっとググっても出てこない。これも酒席の幻想か。
ま、朴正煕がマッコリ好きだった事は事実なんだけどね。
ちなみに、より近い発音だと「マクコルリ」てな感じになる。現地でお求めの際はご注意あれ。(てか、そんな奴はこのブログ見てないか!)


人参日報
http://hw001.gate01.com/broomhandle

上海事変でGO!
http://www.geocities.jp/chungping/shanhaindex.html
posted by 紅中兵 at 02:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

大忘年会、無事閉幕!

我が人参解放軍にとって本年最後の活動となる中華街大忘年会が、去る12月19日に賑々しく挙行された。
本年は「老上海」様式のちょっと小洒落た飯店にて、新旧織り交ぜた上海料理をいただく事とした。勿論、事前にお忍びで視察を実施し店内調度及び料理の味については調査済だ。
人数は10人とまあ普段並。ただし今回はうち30%が女性という比率。これを見越して小洒落た店である事を選択基準に加えていた事は言うまでもない。
ちょっと残念だったのはコースの値段が高くないと個室にしてくれない、という点。まあいいっかと予約したのだがまさか2テーブルに分かれるとまでは予測外だった。しかもウチのテーブルより隣接する他グループのテーブルの方が近いってどういう事だよ!

まあ、革命の道に多少のハプニングは付き物である。
そこは我が人参解放軍メンバーが途中で席を変わる事でなるべくまんべんなく皆さんとお話が出来る様にした。
ちょうど入れ替わるタイミング前に、今回のびっくりどっきりイベントとして密かに開発じゃなくて手配した、DECOチョコ人参解放軍2009を列席者に配布。
一見すると軍用一口羊羹の様な外見は、勿論そうなる事も予測して選んだダンボールっぽい紙で梱包箱を作成したからだ。
ちなみに味はきなこもち(私はまだ食べてないんだが)。

あ、そうそう、一応この席で人参解放軍・Urbanus業務提携(安全保障条約だっけ?)が締結されたのである。
詳細はまた人参日報第一面記事で紹介する事になる予定。

なんのかんので料理の方は2時間を待たずに出きってしまったが、その後も1時間程紹興酒のみでねばって結局3時間程滞在の後、一旦お開きとしてこれも恒例の関帝廟詣でに出撃。
今年、「何故毎年参拝するのか」という質問があったが、元々は武人である関羽将軍に武運長久を祈願する為である。
毎年怪我も事故もなく楽しくゲームが続けられるのは、ご加護によるものかも知れないじゃないか。

んで、ここから後はぶーらぶらとお買い物タイム。
だいたい3グループくらいに固まって、前後しながら中華街を北に南に一通り回った。我々のグループは1周目で買いたい物の目処と値段をチェックし、2周目で一番安かった店に再突入し次々と購入していくという作戦を執った。
だって同じ物でも店によってだいぶ値段が違うんだもの。
私は中華柄のメモ帳、$の浮かぶ眼鏡、URBANUSさんとの共同作戦時に使用する某アイテム等をゲット。
このお買い物途中で皆さんぼちぼち帰宅の途に着かれ、ラストまで生き残ったのは私と同志砂糖人、同志金子の3名のみとなっていた。。
そしてまた時間の方も2周し既に7時近くなっていたので、お土産用の菓子を購入し今回第二目標であった梅蘭の焼き蕎麦を賞味しに行く事とした。
前から気になってたんだけど、なかなか行く機会がなかったので今回はやっと念願叶っての突入である。
さてその梅蘭焼き蕎麦だが、見た目は焦げた蕎麦しか見えないのだが、その内側に餡かけ状の具が隠されているのだ。
実際頼んで仔細に見聞したところ、おそらく中華鍋のゆるいカーブを利用して蕎麦を焦げ目が付くまで焼いて最後に蕎麦の縁に卵を回しかけている様だ。
具はおそらく別にあらかじめ作っておいて、蕎麦の方が完成間近になったところで蕎麦の真ん中に投下、すぐに皿にひっくり返して盛り付けているのではないかと思う。
蕎麦は焼き固められている為、崩して具と混ぜないとフツーに麺の味しかしない。何かこの辺は我が人参軍厨房部オリジナルレシピの超簡単餡かけ焼き蕎麦っぽい味といえなくもない。
実際に食してみて、だいたいどんなもんかわかったのでそのうち厨房部で再現してみたい。
他にも2品程、ビールに良く合うというか思わず皆無口になって食すのに夢中になってしまう位美味しいものを頂きながら、ここで2時間ほど酒食を楽しんで帰途に着いたのであった。
今年はぼちぼち良い時間に撤収出来たので、昨年の映画スターリングラード様な退却劇に遭遇する事はなかったのが幸いであった。

最後に、参加された皆さん、お疲れ様でした&良いお年を。
ラベル:忘年会 中華街
posted by 紅中兵 at 23:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

西貢娘

そろそろ涼しくなって来て、東南アジアみたいだった気候もだいぶ薄らいで来たが、結構あちこちでナム戦イベントが行われているようである。
「ナム戦」と聞いていつも思う事は、何ったって『ナム』つー位だから主役はベトナム軍なのである。特に勝者は北ベトナム軍である(ソ連と中国の膨大な支援はあったが、どちらもあくまでバックアップに徹したからね)。
どうもOD単色でゴテゴテといっぱい装備品を付けた米兵ばかりがイメージされるが、所詮米帝なんてのは越南の地では「勝手に侵略者」である。
「大儀」を押し付けに勝手にやって来て散々荒らしまわった後に敗残していった点、大陸及び東南アジアにおける日本軍と何ら変わるところはない。
私ぁ欧州の天地は複雑怪奇で良く知らんが、かの地ではナチス独逸もそうだけどその後に進駐して来たソ連の方がより近いんじゃないだろうか。
まあその北ベトナムも、越南統一の後はかつてのインドシナへの覇権を求めラオスへカンボジアへと触手を伸ばしていったのは歴史の皮肉か必然なのか。

・・・話がだんだん逸れて行ったが、まあふとアジアにおける第2次世界大戦を「太平洋戦争」と呼ぶのは米式だから「大東亜戦争」と呼べ、という意見はあれど「ナム戦」の本来の主役は越南であるという意見を寡聞にして聞いた事がなかったものだから、ちょっと言ってみたかった。

で、別に今回は戦争の話をするつもりはなくて、吉祥寺にあるベトナム料理屋に行ったのでちょこっと食レポートでもと思ったのだがつい前置きが重くなってしまった。

南口を出て井の頭公園方面に進む途中にその店はある。
かつて一時期、1Fに中華料理屋がありその地下1Fにこの店があったりして、しかも双方が入り口に国旗を掲げてたもんだからプチ中越紛争っぽくて(特にベトナム側が『地下』というのも意味深?)その通りを行き来する度、なんとも良い気分であった。
(残念ながら現在の1Fはイタトマである)

三鷹方面に越して来てすぐの頃に1度行ったのだが、店の前は通れどもその後なかなか行く機会ががなくてずっとご無沙汰になっていた。
ここへ先日行って来た。
同じ東南アジアといってもタイ料理はスパイシーでとにかく香辛料のいろんな香り抜きには語れない。まあ文化的にはインドに近いそうで、基本語彙の80%はヒンズー語系と聞いた事がある。
それに対してベトナムはかなり中国寄りだ。地名・人名とかも実は該当する漢字があると聞く。なので冒頭敢えて『越南』と表記してみた。ちなみにハノイは「河内」ディン・ビィエン・フーは「鄭辺府」、ホー・チミンは「胡志明」そしてサイゴンは「西貢」とか何かで読んだ事がある。
だからといってホーおじさんを「河内のオッサン」とか呼ばない様に(大変失礼しました!)。

また、そんな訳で?ベトナム料理も素材を生かした中に、どくだみとか香菜とかの香草が使われているといった感じである。

店内は東南アジアの屋台っぽい感じを演出しているようだが、壁画はジャングルっぽいしぶった切ったジープのフロントが飾られていたりとなんかちょっとだけ解放戦線闘士チックな印象も(私だけか)。
テーブルがちょっと「ベトベト」してたのは、まさかウケ狙いではなく単にニス塗り直したばかりだったのだろう。

今回は家族で行ったのでとりあえずあれこれと注文してきた。私は麺類が好きなのだがフォーで有名な米の粉を使った麺類は何かとても懐かしい感じがして、ラーメンが如何にも「中華ソバ」「にたいしてちょっと日本ソバに近いような感覚を覚える。こってりしてないさっぱり感がそうなのだろうか。
チャーハンも美味かった。色々手が入っているという感があり、いつもはご飯物より麺類をとる私が「こっちにすれば良かった」と思ったほどだ。
色々な具と共に米を炒める。作り方はこの1点なのだが何故にこうもバリエーションが生じるのか。
そして、野菜入りのオムレツである。もやしをベースとした野菜がオムライスのご飯の代わりに入っているとイメージしてもらえれば良い。どくだみが散らしてあってこれがまた越南ぽい(イメージですが)香りを演出している。

そして、ここに行ったら必ず食べたいのがバナナのから揚げである。
衣を付けて揚げたバナナは生の何倍も甘味が増し、こういう食べ方もあったのかと気付かされるだろう。
ちなみにタイでもバナナを揚げたり焼いたりした物を屋台で売っている。

越南料理といっても屋台で労働者がすすってる奴というよりは上品で手のかかる物が多く、訳があるのに違いないと思っていたらシェフはベトナム5つ星レストランで働いていた人だとか。納得!

という訳で真夏日が続いた9月某日、ひと時の東南亜細亜の風を感じて来た次第。

・・・あ、そうそう店の名前は「Miss Saigon」である。
東京西部方面の同志諸君はナム戦イベントの帰りに寄ってみたらどうか(でも店でマニアのバカ騒ぎするなよ!静かに食事をする所だから)。
posted by 紅中兵 at 19:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

北斗一号作戦!

・・・といっても今日はお茶の話。

先日の中華街大忘年会の際に、持ち帰って楽しめるものを何かと思っていたので、有名なお茶屋さん「緑苑」にて中国茶を購入して来た。
その名は「北斗一号」。まあ烏龍茶の一種なのだが、数多あるお茶の中でどれにしようかと悩んだ末、名前にインパクトあるこれにしてみた。
実はこの日ある事を想定して、既に会社には茶漉し付きカップを拝眉していたのである。
買う時にお店の人からお湯入れて45秒程で上げる様にと教えてもらっていたので、ちょっと短かくない?と思いつつも言われた通りにして淹れてみた。

ウマイ。

今はなくなってしまった中国茶専門店で昔飲んだ結構良い値段の烏龍茶のあの香り・爽やかな味。その後久しくその味とは縁が無かったが、ここにその味が復活したと確信した。
淹れる時間も45秒、ばっちり十分である。
透明度のある綺麗な黄色。上品な残り香。味もとてもクリアでさっぱり。幾らでも飲めてしまう。実際飲んじゃったらお湯足して、1回の茶葉で何度も飲めるのだが・・・
その後も毎日何度も淹れてはその極上の味を堪能しているのだが、1度うっかり時間を見るのを忘れて2〜3分ほど入れっぱなしにしてしまったら、出すぎて全然違う味になってしまった。
それでも緑茶の入れすぎみたいな苦味・渋みはない。濃いーって感じになるけどね。
値段は高かったけど、1回の茶葉で何度も淹れられるしこの充実感はコーヒーとかとは全く異なる「心の余裕」をもたらしてくれる。

というわけで、今回の作戦は成功裏に完了である。
posted by 紅中兵 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

定番の年越し蕎麦

年末年始ネタを1つ。
居住地の地理的特性を生かし、ここ何年かは帰省当日に深大寺まで手打ち生蕎麦を買いにいって年越し蕎麦はこいつを頂くというのを年中行事にしている。
蕎麦を買う店も決まっていて、メインストリート側からだと一番奥になる「松葉茶屋」だ。
家から自転車で行ける範囲なので、植物園にいった際などに周辺の蕎麦屋はあちこち試して見たのだが、個人的にはこの店の蕎麦が一番「蕎麦」というイメージにぴったり来るのである。
勿論、他にも美味しい店はある。そればかりか、「深大寺蕎麦」のイメージに乗ってるだけとしか思えない酷い店も幾つもある。そんな中で年末の定番にするにはやはり「松葉茶屋」の蕎麦しかないという感じだ。
肝心の蕎麦についてだが、細切りで腰のしっかりした、蕎麦の香り高い蕎麦、といったら良いだろうか。以前紹介した高尾山口前の「高橋屋」もこれに近い感じだ。
年の瀬も押し迫った頃に買いに行く。当然ながらちょっと待つ事になり、お茶を出してもらって外の席に腰掛け(持ち帰り蕎麦は外で売っているので)るのだが、卓のあるスペースの真ん中には太い木が焚き火として静かに燃えており、その木の燃える香りとほのかな暖かさに懐かしさを感じながらぼうっとしていると、どこからか寺の鐘の音が・・・
東京都内とは思えない、そこはかとない「和」の情緒を実感する至福の時である。正直、待ってるのが全然苦ではない。というかこれが楽しみで買いに行ってしまうくらいである。
平成18年もこうして暮れていった。
posted by 紅中兵 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月26日

ダンケ潜入記

先日仕事で厚木方面に行ったので、この機会に以前より気になっていた店に突入してみた。

正確には本厚木にあるその店は、喫茶店で名を「ダンケ」という。
実は小生が学生の頃から存在している喫茶店なのだ。ただし駅前の大幅な改修で店の位置は変わってしまい、その後ずっとまた行って見ようと思いつつ果せずにいた。
ここが他と何が違うかと言うと、オリジナルの「バターブレンド」というのがありこれがとても美味いのだ。
学生の時分にその名を聞いて「バターブレンドだって、面白れ〜」等とネタのつもりで友人と入り、1口飲んでふ2人とも「う、美味い!」と目が点になった。以来サ店といったらここに行き、しかも始めの半分は砂糖もミルクも入れないで飲む事にしていたという曰く付きの店である。
更に、当時はカップを選ばせてくれるという心憎いサービスもあり貧乏学生だった我々も気持ちはリッチにひと時を過ごす事が出来た。

その店がまだ続いているという事を神奈川遠征の帰りにバスから電車に乗り継ぐ際に見つけ、でも普段は荷物が多いので遠慮していた。
今回は仕事で特に荷物も無く、丁度昼休憩もまだ取っていなかったので昼飯はさっと適当に取ってダンケに突入を果たした。
重厚な正統派喫茶店の雰囲気は、昔の狭かった店から考えると「おお、大きくなったなあ〜」と嬉しくなる様子。
勿論かの「バターブレンドは」健在、1人だったのでカウンターに座りオーダーすると後ろの棚を指して「お好きなカップをお選び下さい」。おお、これこれ!
今回は伊万里焼っぽいちょっと派手系なのを選んでみたが、厚手薄手背の高いの平べったいのいろいろとある。ウエッジウッドっぽいつや消しパステルカラーのも遠くに見えたので、次回はあれにしてみようと思った。
幾星霜を経て当時の味を舌が覚えている程敏感ではないが、でもブラックで1口飲んで「美味い、他とは違う」と感じさせるだけの物は健在であった。

こんなコーヒーをいつでも飲める厚木在住者がちょっとうらやましいと思った。本厚木に立ち寄った際は是非お試しアレ。
posted by 紅中兵 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

0805高尾山行

この週末、土曜は高尾山に行って来た。
高尾といえば毎回必ず立ち寄る蕎麦屋がある。リフト・ケーブルカー乗り場前にある「高橋家」だ。
沿道は駅から乗り場までたくさんの蕎麦屋があり、いろいろと入ってみたのだがどうもココが一番蕎麦らしい感じがするのでもう常連となってしまった。
セルフサービスで夏は冷・冬は温の蕎麦茶が頂けるのも嬉しく、またデザート(最近はスイーツっちゅうらしいな)も中々美味い。
肝心の蕎麦は細切りで歯ごたえが良いので、幾らでも入ってしまうのだ。

・・・何かどっかの食レポートみたくなってきたが、そんな訳で今回も昼食をここでとりいざ出撃である。
とはいえ、この時点ですでに3時だったので時短の為にとりあえずケーブルカーを使い上まで上がる事にした。
リフトだと足元吹き抜けの迫力を感じる事が出来るが、ケーブルカーでは特にスリルも無く淡々と上昇。勿論山の景色は楽しめる。
上がってみると、下界はバテそうなくらい暑かったのだがここは涼しい風も心地よく非常に快適である。高度&山林の日陰の相乗効果なのだろう。これだけでも来て良かったと思わせる。
涼しげな山道を進んで行くと、いつもの土産物屋やサル園、蛸杉などを経て神社に到着。外の茶屋が改装中との事で、境内で出店を出してアイスを売っている。折角なので高野山名物?の葡萄酢「権現力」入りのを注文してみた。葡萄と酢の酸味が適度なバランスなので甘ったるくなく、一気に食べてしまった。
アイスを通じて権現様の力を取り込んだところで本殿に進み、武運長久を祈願して帰途についた。
実はケーブルカーの着駅のところには夏限定で「ビアマウント」という飲み食い放題のビアガーデンが開設されているのだが、家族で行ったら1万円近くしてしまうので当然の様にパス。
歩いて下山するつもりなので、ここでトイレ休憩を取ったが17:30頃でもう既に満席で整理券を配っていた。
混んでるからって他の店という訳に行かないので、待つ身も大変だろう等と思いつつ我々は45分の道のりをいざ、下山!
結構な急坂で、図に乗って降りていくとすぐ膝に来てしまいそうだったのでセーブしつつ回りの景色を楽しみながら歩いていったら、なんと子供もいたにも関わらず30分足らずで麓の乗り場まで着いてしまった。
とはいえこの時点でもう18時過ぎ、時間も時間なのでその足で駅まで直行しまずは帰宅した。

さて翌日はゲームの予定が流れたので急遽ブラックホールを急襲したが、それはまた次回に。
posted by 紅中兵 at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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